なっちゃんだって生きている

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伯父の葬儀に出たり、肺がんの伯父に会ったりして思ったこと

こんにちは、夏の日のなっちゃん(1987)です。

 

息子が昼寝している間にざっと書きます。

全然読者ファーストではない、自分のための内容になります。

 

伯父(父の兄で長男)が大腸がんで亡くなり、急遽両親の故郷である鳥取に出向いていました。

遠方、かつ急だったので不参加という選択肢もあったのですが、父が先に逝ってしまい兄である伯父を見送れなかったこと、そして何より大好きな伯父だったので即参加を決断。しかし二歳の息子の預け先がなく、迷惑を承知で連れて行くことにしました。

 

伯父は帰省する度にお世話になった人で、幼い私たち兄弟が室内で大暴れしても笑いながら見守ってくれるような優しい人でした。

その妻であるおばちゃんも幼稚園の先生で、子どもが大好き。

年の離れた末っ子だった父は、おばちゃんの働く幼稚園に通っていました。

残念ながらおばちゃんは認知症を発症し、挨拶くらいはできますが、私が誰だかはわかっていませんでした。

しかし、息子が視界に入るたびに「なんちゅう可愛い子がおる!?」と大喜び。

親戚一同も

「なっちゃんが小さい頃にそっくりだな~」

と目を細めていました。

大腸がんに侵された伯父の顔は痩せこけていて、その顔を見ると死んだ父を思い出して涙が止まらず、

「息子は私の父にもそっくりなんですよ」

と泣き笑いで答えました。

 

予想通り、息子はお経の時間に

「うるさいよ~」

とお坊さんに向かって大失言をしたり、フライングで木魚を叩こうとしたりと押さえ込むのに大苦戦。

それでも「そうよね。退屈よねえ」と親戚がフォロー。ありがたすぎる。

 

 

歌とお酒が大好きな人だったので、スライドショーにはカラオケを歌い酔いつぶれる伯父の姿が。

葬儀には仕事仲間や友人が沢山集まり、伯父さんの人望の厚さを感じたお式でした。

 

東京に戻った翌日は、別の伯父(父のすぐ上の兄)がお線香を上げるため私の実家に来てくれました。

伯父さんのがんは進行していて見た目はすっかり老け込んでしましたが、言葉のやり取りは難なくできました。

伯父さんの爪の形は父に似ているし、しゃべり方は私の弟にそっくり。ここでも血の繋がりを感じます。

 

次に会える保証などなく、帰りにタクシーに乗り込む伯父夫婦になんと声を掛けるべきか迷いましたが、結局

「お元気で」

と見送りました。

 

母とも、「無理とはわかっているけど、長く生きて欲しいよね」と話しました。

 

今年は父の初盆。何を思ったか、一日カラオケと飲み会をするとのこと。

 

旦那も歌とお酒が大好き。

 

残された私たちは元気に生きてます。

 

おしまい

 

 

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